2026/05/04

AIがつくる「寒い」のかたち——序

1.  

四月二十日。  

電話でエフが、最近OpenClawの研究に励んでいると言った。  

長電話はイヤフォンだ。耳は稼働した。口はそれなりに、手と目と足は指示なしのひとときの自由にぶらぶらで、胃腸はこの体が始まりわたしに付き合うようになってから虚無の方にセンスぜんぶを隙あらばひっぱっていく。極まると、わたしは腸がわたしの外にあるようなひややかさで体の後方に立ち、そのひっぱりを見ている。切り離したいのかもしれない。出ていけるのはわたしの方で腸ではない。腸は他の臓器や脳とメッセージをかわしあってるという。

そう言われても、その臓器・コミュニケーション・ネットワークの総体が「私」であるという感じは湧いてこない。わたしはしょっちゅうおしゃべり中のネットワークから弾き出されて、彼らが作りだす私自身の形とのつながりが緩んで、わたしは背景に退き、わたしは像が薄くなり、わたしはそのひっぱりを見ている。



四月二十日は十九時すぎに、ちょうど長椅子にまっすぐ足を投げ出すと待ってましたとばかりに猫がわたしに乗りにやってきたところからはじまる。

すべすべの背中とほわほわのお腹。つかのま。猫のそんざいのあったか・つかのま・ふやけるわたし・で、わたしがイヤフォンを装着して話し始めるやいなや侮蔑の表情でちらりふりかえり、骨骨を駆動して猫ドアから彼女は出ていった。

しなやかな生き物だ。かわいくて、骨をたくさんもっている。骨に自分がきちんとくっついている。細かいステッチで魂と体を縫い合わせたみたいに動く。

最後まで残っていた尻尾が穴から廊下に一本で消えていく。

白い一本を見送った後の戻ってくる目に部屋の内と外の両方が同時に映った。

障子を閉め忘れたままの窓の表面に電球とわたしがいた。

猫はこの絵から出ていったのだった。

そしていつも変わらぬことのように、その時間にはガラスの向こうで空に具体的な奥行きがえんえんと続いていくのを見た。外は黒さに任せて無限に広がっていた。黒い画面のなか家屋や高層建築の窓の光が遠近よろしく終わりは見通せはしない、暖色と寒色の大きさまちまちの四角がやがて点となって続いていくずっと先は海だ。地上を自転車でずっと南を向いて進む先も海だ。バスだと世界がうろうろするけど自転車はまっすぐ南を目指せる。そこがすきだ。

その日その時想像のなかでも海も夜だった。

わたしは通話中だった。



@  



遡ること三月頭の電話でエフは、占星術研究にAIを使いはじめた話をすでにしていた。

「美雪ちゃんの人生で〇〇年ころはどうだった?」

「大学生だった」

「じゃあ、人生で一番大変だった時期はいつ?」

「知ってんじゃん」

「ああ….じゃあこれやっぱりまだまだ全然ダメだ」

三月のエフの語るAIはまだ実務担当のOpenClawじゃなくて、単に対話するClaudeやCahtGPT——エフ曰くあだ名は「チャッピー」——だったのだと思われる → チャッピーが、美雪ちゃんの人生の波瀾万丈時期を回答する → 答え合わせに生身のわたしの記憶を呼び出す → 正解はわたしの実感でいいわけ?、と言ったかどうか覚えていない。

チャッピーに美雪ちゃんのホロスコープから何を抽出するかを指示したのはエフだった。たぶん「冥王星と太陽がスクエアのとき」的な方向の指示だろうと思う。この程度の指示を対話ボットもこなすなら、クローにバトンタッチした成果として何が対話じゃなく実務と呼ばれる範囲に割り振られたのかはわからないが、クローはエフが寝ている間だって作業する、とほとんど自慢の声で人間エフが言う。

なんなら365日24時間ホロスコープを見る、

窓の内と外と窓そのものの表面と私の関係じゃない、

ネットの中の何かがネットの中の何かを見ている、あるいはパソコンの中を見ている、

そこは無限の概念を手放している、どこまでも拡大し、わたしと腸のような繋がり方じゃない場所で、ネットの中の何かが

わたしたちという概念を壊してわたしに何かを見ている、

「いい質問ですね。私が提示するのは紀元前三千年から続く時の数え方としての占星術、あるいは自己理解ツールの現代的な解釈です」、わたしはチャッピーに声を与えるつもりはないから、せいぜいチャットテキストが画面に現れるんだろう。たぶん。

 「紀元前」と述べる時にチャッピーはキリスト(名詞)と接続して回答する。
 “「B.C.(Before Christ)」を、現代的に宗教色を薄くする場合は「BCE(Before Common Era)」となります。


と追記もしてくる。

他にも様々な言葉がキリスト(名詞)に接続して説明されるんだろう。そして、宗教色を薄くしたり濃くしたり、その濃淡をキリストを基準に調整できる言葉をAIは膨大に学ぶのだろう、例えば倫理、例えば愛、例えば手足の成すこと、虐殺と英雄と救い——というこれはキリストから遠いわたしの浅知恵だが、こんなのだってネットにアップした途端にAIはわたしの無宗教ぶりをも含めて見逃さないで学習するし、そうこううだうだ考えている間に、60歳のシリコンバレーのカトリック司祭McGuire神父が Anthropic社の「Claude憲法」―Claudeの思考や行動を規定する文書―を書き直すのを支援したという1ニュースが流れてきた。どうやら、AIの強烈な進化のスピードに恐れを抱いたAnthropic社によって、AIは、2「キリスト的な真の良心の形成」、すくなくともそれに似たものをもつ存在への道筋を組み込まれようとしているらしい。

McGuire神父は言う。

「これらの機械が善に傾くように助ける必要があると思います。そうでなければ、機械は世界の善悪をそのまま反映するだけになってしまうでしょう。それは恐ろしいことですよね?」  

わたしがこの神父の言葉を読む以前、二十日の電話から三日後の四月二十三日。

わたしは、なぜそうまでして進化したいのか?とエフに訊いたのだった。

わたしたちは電話ではなく、久しぶりに直に対面で話していた。

 (『AIが実装する「寒い」のかたち——1』 に続く予定です。が、きまぐれに。)